ひまじんの日記

定期更新を目指す不定期更新です

7ヶ月経ち、ブログを再開しようと思うまで

仕事が始まり7ヶ月強が経ちました。Twitterではたまーに話題を出していますが、現在僕はとあるIT企業で新規事業をつくり運営するお仕事をしています。素敵な上司と先輩に囲まれ、楽しく仕事をさせてもらっています。

さて、仕事を始めると、自分も周りも色々なことが変わります。大学生の頃には手が届かなかったことが日常になり、逆にいつでも出来たことが非日常になります。それは誰もが予想していることで、誰もが感じていることだと思います。いま10分ほど考えてみましたが、僕の場合、ざっと5つのことが頭に浮かびました。

1.可処分所得が急増する

当然ですが、金があるかないかで人は変わります。金を持った結果、僕の場合、趣味の幅がすげえ広がりました。最近は、ずっとトランペットを吹いています。購入に10万円強を要したのですが、それくらいであれば貯金を切り崩す必要もありません。あと、大学卒業までの22年間でほとんど海外に行ったことのなかった僕が、この7ヶ月で既に3カ国(タイ、ベトナム、フランス)に行きました。このように、社会人になると、金銭的な問題で手付かずだった活動に一気に手が広げられます。今後、さらに余裕ができればDTMとイラスト制作の勉強もしたいと思っています。

2.(1に関連し)居住環境が激変する

実家に住み続けるのでなければ居住環境が変わります。僕の場合、所得向上と会社の補助制度によって、国立(くにたち)から都心のどまんなかに住み替えることになりました。結果、趣味の幅がすげえ広がりました(2回目)。例えば最近だと、暇なときにちょくちょく展覧会に行っています。家のすぐそばに国立新美術館森美術館があるので、在学中の「ブックオフでも行くか〜」というノリで「チューリヒ美術館展でも見に行くか〜」となるからです。電車で15分も行けば、オペラシティも東京国立近代美術館もあります(好みの展覧会をよくやっているとこ)。あと、ひとりでも誰かとでも、おいしいごはんどころを巡る機会が増えました。別に多摩地区にうまい飯屋がないと言っているわけではありません。例えば、瑠璃(国立にある焼肉店)は未だに都内屈指のクオリティ(と安さ)を持つ店だと思っています。しかし、都心においては店のカテゴリと数が圧倒的なため、巡りがいがあります。国立在住時は瑠璃と共和国しか行ってなかったですしね。あと、(いまんとこ)どうでもいいことですが、それに伴いちょっと太った気がしないでもないです。

3.時間を大切に使うようになる

社会人になると、金を手に入れる代わりに時間を失います。結果、時間を大切に使うようになります。えりーとマンは在学中から有意義な時間を過ごしていたのかもしれませんが、僕はどうしてもだらけた生活を送ってしまいがちでした。しかし、社会人になってからは何もせずに過ごす休日がほぼなくなりました。もったいないからです。そのため、在学中より(日常生活における)生産性が高まっている気がします。

4.付き合う人の枠が狭まる

平日は寝る直前まで仕事、休日は趣味に全振りしていることもあり、付き合う人の枠がえらく狭まりました。この7ヶ月間、職場の人か、卒業してからも連絡取るくらいに仲の良い人以外とは会っていません。そんなわけで、知り合いも増えません。知り合ったとすれば、ベトナムで会ったFate/Zero好きな台湾人のおじさん(staynightは知らないらしい。全然関係ありませんが、Zeroの続きとしてstaynight見るとギャルゲー臭がきつくてつらくないですか?)と、フランスでAirbnbのホストだったタメの女の子(二段ベットの上と下です。Airbnbすげえと思いました)くらいです。このようにコミュニティを狭めた結果、謎の自信を手にすることになったのですが、それについてはいつか単独記事を作成します。

5.スキルが変化する

新しいことをたくさん始めるので、できることが増えます。得たスキルとしては、報連相の基礎や、優先順位付けの能力、それに伴うちょびっとのマルチタスク能力、プロジェクト管理の基礎などです。一方で、錆び付いたと感じる能力もあります。課題発見力、思考力等、いわゆるクリエイティビティが問われるような仕事は、入社直前・直後(事業開発初期)はまだしも、最近はとんと使ってねえなあと感じます。加えて、読書に関する力は間違いなく低下しました。絶対的な読書量が減る→読むスピードが落ちる→さらに読書量が減る、といった、バッドなスパイラルのまっただ中にいます。

そして、僕が最も恐れているのが、文章表現力の低下です。僕が考える文章表現力とは大別して「面白いものを見つける力」と「それを面白く描写する力」の2つなのですが、そのどちらも失われていっている気がします。他の仕事をされている方々はわかりませんが、少なくとも今現在僕は仕事として文章を書く機会はほとんどありません。結果、すさまじい勢いで「書けなくなっている」ことを感じます。前述の課題発見力、思考力の低下と併せ、自分の身の回りの「面白さ」に気づけず、取りこぼし、そもそもそれを言語化できなくなりつつある。社会がわからないということは、その社会に規定される自分がわからなくなるということだと思っています。そして、社会が表現できないということは、自分と社会とを分ける境界が曖昧になっていくことだと思っています。結果、自分が社会に溶けていくような錯覚を覚えます(詩的表現)。これが、ブログを再開しようと思った理由です。

だいぶ遠回りしましたが、要は「最近面白いこと思いつかないし書けないから、ブログ再開でその状況に歯止めをかけることにしました」という話です。習慣の形成が大事かなと思うので、とりあえず書き続けるために、趣味の話題が増えそうです。